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2017-03-19

オープンワールドとは何なのか オープンワールドとは何なのか - Nao_uの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - オープンワールドとは何なのか - Nao_uの日記 オープンワールドとは何なのか - Nao_uの日記 のブックマークコメント

以前の仕事でお世話になった先輩と食事しながらお話ししてて、そういえば最近誰かとゲームの話をする機会が激減してるなぁと気づいた。考えたことを言語化する習慣がなくなると考える機会そのものも減っていくし、言語化の質も落ちる。チラシの裏でも何でも外に出して形に残すことは大事だなぁ、と。


規模の小さかった昔と比べてプログラマがゲームデザインに関わる機会は激減してて、ゲームデザインについて考えるけど与えられた仕事の質は低いプログラマよりも、ゲームに興味なく全く遊ばなくても降ってきたタスクを的確にこなせるプログラマの方が頼りになる時代になってきてる気がする。とはいえ、


仕事として自分の関わる世界で起きている変化の流れや歴史的経緯、流行り廃りについて考えておくことはまったく無駄ではないし、過去の経緯や現状を知らないと次にどういう方向に向かうかを予測することも難しくなるし、言語化の習慣がなくなると考えを整理することもどんどん下手になってきてる気が。


『「Horizon Zero Dawn」レビュー。研ぎ澄まされた「狩り」と、つまづく「人」』 『「Horizon Zero Dawn」レビュー。研ぎ澄まされた「狩り」と、つまづく「人」』 - Nao_uの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『「Horizon Zero Dawn」レビュー。研ぎ澄まされた「狩り」と、つまづく「人」』 - Nao_uの日記 『「Horizon Zero Dawn」レビュー。研ぎ澄まされた「狩り」と、つまづく「人」』 - Nao_uの日記 のブックマークコメント

Horizon、ある意味集大成的な作りなので、古典的な意味での「オープンワールドらしさ」の構成要素について考えるにはおもしろい材料だだぁと思った


「細かい部分のゲームシステムは、先人達が成功したありとあらゆる3Dオープンワールドゲームの要素を丁寧に模倣している部分が散見される」「そのせいでゲーム進行におけるプレイの感覚がありがちなものになっている部分も否定はできないがその「既視感」をどう評価するかは好みによるだろう」


オープンワールドの共通項として「マーカーに向かって進めばゲームが進む」というのがGTA以来の伝統で、「マップが広すぎてどこにいっていいかわからない」問題を確実に解決する手法として、ほぼ全てのゲームに取り入れられている。とはいえ、迷わないというメリットと引き換えに失われるものも多い


Horizonも例に漏れずだけど、「マーカーだけみて背景を見なくなる」という問題がすごく顕著に出てた気がする。特に屋内マップはその傾向が顕著で、せっかく作り込まれた建物内部の絵を全く見ることがなく、レベルデザインが崩壊するレベルで意味がなくなってたように感じたし、マーカーに頼って絵的な誘導がおそろかになってる部分も散見された


同じ屋内探索でもトリコはマーカー誘導を行わず、プレイヤー自身が周囲を調べて怪しいところを見つけるのと対称的な作り。ただHorizonのゲームデザインでパズル的な探索したいかと言われるとそうでもないのでこれが落とし所といえばそれまでだけど、もう少し別のやり方はあったのかもとは思う


FarCryの偵察で敵をマーキングする要素はステルスゲームに革命をもたらしたと個人的には思ってる。視界外から発見されるのはストレス以外の何物でもないけど、偵察要素があると失敗時に「自分の偵察不足だった」と納得できるし、偵察によるメリットの大きさが面倒くささを上回り、偵察行為自体が楽しみにつながってくる


これもHorizonはうまく取り込んだというよりは、単に背景に溶け込んで見えない人型敵を視認させる手段として使われてて、あまり完成度の高い組み込み方でないように感じた。FarCry3の敵は赤Tシャツを着てたりなど、ジャングル内で不自然に目立つわかりやすいデザインにしてるのが上手い


「塔に登ってマップをアンロック」要素はアサシンが最初だろうか?マップ解放という観点ならもっと前に遡れそうではあるけど「物理的に見晴らしのいい高いところに登ったから見える」という視覚的なインパクトも含めればやっぱりあれが元祖になるのかな。FarCry3はその完成度をさらに高めた


「狩りで素材を剥いでクラフト」の要素もありがちなので遡りにくいけど、オープンワールドの要素として完成度高く組み込んだのはFarCry3になるんだろうか?食事要素のないゲームで野生動物の狩りに意味を持たせる方法としてはとてもうまく機能してる。Horizonもこれを踏襲。



『FarCry 2 噛み合わないシステム、シニカルな物語、物議を醸す迷作』-http://fpsunknown.com/kanso/2009/farcry2.html 『FarCry 2 噛み合わないシステム、シニカルな物語、物議を醸す迷作』-http://fpsunknown.com/kanso/2009/farcry2.html  - Nao_uの日記 を含むブックマーク はてなブックマーク - 『FarCry 2 噛み合わないシステム、シニカルな物語、物議を醸す迷作』-http://fpsunknown.com/kanso/2009/farcry2.html  - Nao_uの日記 『FarCry 2 噛み合わないシステム、シニカルな物語、物議を醸す迷作』-http://fpsunknown.com/kanso/2009/farcry2.html  - Nao_uの日記 のブックマークコメント

2は光る部分はあるものの全体の完成度が低いタイプのゲームだったのに、その続編でいろんな要素を徹底的に磨き上げて完成度を高めたら化けた、って流れは面白いなぁ、と


「いつものUbisoftのごとく、内容を大袈裟に誇張し、大風呂敷を広げただけの駄作。それがFar Cry 2の第一印象だった。まともに機能していないシステムの残骸、単調極まりないクエストの数々には「またこのパターンか…」とうんざりさせられる。しかし、」


「しかし嫌々ながら遊び続けていくことでFarCry 2の本質が垣間見え、FarCryらしいモチーフを幾つか備えていることを発見し、そこから私の評価は180度変わることになった。海外では企業レビュアーとユーザーレビュアーで大きな溝のあるFarCry 2。その理由は今ならよく分かる」


FarCry2は遊んでないので偵察マーキング要素が2からだったかはわからないけど、少なくとも電波塔のマップ解放とクラフトは3からの導入っぽい。初見からインパクトのある悪役でシナリオを引っ張ったところも含めて、2の荒削りな原石を綺麗に磨き上げたFarCry3の歴史的意義は大きそう


あと「いつものUbiSoft」というフレーズは先日の先輩とお話ししてた時にも出てきて、わりとみんな同じ風に感じてるんだなぁと思った。なんというかうまく言語化しづらいんだけど、UBIのゲームには「独特の面白くなさ」みたいなのが共通項としてあるような気がしてる


個人的な好みの問題だろうけど、アサシン、Watch Dogs、Divisionあたりの主要タイトルは初見のインパクトとプレイ前の想像と継続した時のいまいち感がすごく共通してて、FarCry3もたぶんいつものUBIだろう、と思って遊び始めたらいい意味で裏切られたのが印象に残ってる



3年前にこんなことを書いてたけど、あらためて考えると「オープンワールドってなんだろう?」ってわからなくなってくる



ハイドライドやたけしの挑戦、スーパーモンキー大冒険あたりも改めて考えるとオープンワールドだったと言われるけど、ドラクエはオープンワールドではないと認識されている模様。ドラクエ1の初プレイ時はオープンワールド感があったように感じているけど、この辺りの判断の境目はどこにあるんだろう?


昔「ゲームデザインの寿命は約5年」説を提唱してた事があった。5年な理由は当時のハードの寿命で、新ハードで初めて実現できるようになったデザインは次の世代のゲーム機が出た頃には古臭く感じられ、いずれ寿命を迎える。世代を超えても最先端で居続けられるゲームデザインはごく稀にしか存在しない


同ジャンルのフォロワーが続々と出るような象徴的なゲームデザインでもハードの世代を2つ超えて生き延びているものはほとんどないんだけど、稀有な例外の一つが「オープンワールド」だった。GTA3で定義されてから15年もまだ古くならず、最先端のゲームデザインとして存在している


オープンワールドだけがハードを2世代以上跨いでも現役な理由の現状の自分の回答は「オープンワールドはゲームデザインでなく、コンセプトだから」。コンセプトという言葉でうまく言語化できてるかわからないけど、ゲームデザインより広い範囲のなにかしらの思想みたいなものは古くなってないのかなと


では、オープンワールドに必須の要素は何なのか?現状のオープンワールド作品の共通項としていろんな要素が挙げられるけど、それらは本当に必須なのか?サンドボックスとの違いは?ハイドライドやスーパーモンキー大冒険がオープンワールドだと認識されるけど、どの要素がそう感じられるのか?


Horizonのマップの広さは「意外と狭い」という印象が強く、Shadow of Mordorはそれ以上に狭く感じた。どちらもゲームデザイン的に適切な広さを選ぶとそうなっただけなので狭いことが悪いわけではないけど、オープンワールドの定義に「広さ」が必ず出てくるのでちょっと気になる



ダンジョンマスターは世界の一貫性やシミュレーション性は高いけどオープンワールドと認識されず、2は屋外も歩けるけど印象は変わらない。あの仕組みをそのままSS版のネクサスみたいにマス目を排した自由移動で開けたフィールドに適用すればまたイメージが変わりそうなので、やっぱり広さの問題?


オープンワールドの定義云々じゃなく純粋な興味なんだけど、「これはオープンワールドだ」と感じさせる最小のマップの広さってどのくらいになるんだろう?Shadow of Mordorはかなり狭かったけど、あれくらいでも十分にオープンワールド感はあった。同じシステムでどこまで狭くしたらオープンワールドじゃなくなるのか?


逆にWitcher3あたりは相当広い世界だけど攻略の自由度は低く一本道のシナリオを追うゲームだと感じてて、「オープンワールドだから好きな順で攻略できる」というのも必ずしも必須ではないのかもとか。サイドミッションもよくできてたけど、メインのシナリオの流れが大きすぎてそう感じたのかな


明確な定義はさておき、思考実験として「何を満たすとオープンワールドと感じられて、何を削るとオープンワールドで無くなるのか?」はずっと気になってる

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